「最低賃金1,500円」という数字を、ニュースでよく見かけるようになりました。正確にいうと、1,500円はまだ実現していません。政府が「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太の方針)」で掲げた「2020年代に全国平均1,500円」という目標であり、直近の令和7年度の実績は全国加重平均で1,121円です。
それでも、引き上げの流れそのものは止まっていません。令和7年度の引き上げ額66円は、目安制度が始まって以降で最大でした。人件費の上昇は避けられない前提になりつつある一方、中小企業が大企業と同じ額の賃上げで張り合うのは現実的ではありません。
賃金で勝てなくても、休暇・残業・働き方・手当といった「非金銭待遇」を求人票と自社の採用ページで見えるようにすれば、中小企業にも選ばれる余地は十分にあります。2026年版中小企業白書をはじめとする公的データがその裏付けです。ただし転職理由の1位は今も賃金です。「賃金以外だけで勝つ」のではなく、できる範囲の賃上げと働きやすさの両輪で戦う。その見せ方の実務を、この記事で順番に解説します。
なお、これから初めて人を雇う段階の方は、先に人を雇いたい中小企業向け|初めて採用する前に決めるべき5項目と準備チェックリストを読んでおくと、この記事の内容を求人づくりにそのまま生かせます。
目次
中小企業が賃上げで大企業に勝ちにくい理由
中小企業が賃上げ競争で不利なのは、賃上げの原資を価格転嫁で確保しきれず、賃金の絶対額に規模間の差が残っているためです。「中小企業は賃上げしていない」わけではありません。データを見ると、多くの中小企業はすでに賃上げしています。
日本商工会議所・東京商工会議所が2025年6月に公表した中小企業の賃金改定に関する調査(回答3,042社)では、2025年度に賃上げを実施した・実施予定の中小企業は69.6%でした。賃上げ率は平均4.03%、月額で11,074円です。ただし従業員20人以下に限ると実施率は57.7%、賃上げ率は3.54%に下がります。規模が小さいほど、賃上げの体力が細るのが実態です。
率だけ見れば、春闘2025の連合最終集計で中小組合(300人未満)は4.65%と、経団連集計の大手5.39%に迫っています。問題は額です。もともとの賃金水準に差があるため、同じ率でも上がる金額が違います。厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査で所定内給与を比べると、次のようになります。
| 企業規模 | 所定内給与(月額) | 大企業を100とした水準 |
|---|---|---|
| 大企業 | 36万4,500円 | 100 |
| 中企業 | 32万3,100円 | 88.6 |
| 小企業 | 29万9,300円 | 82.1 |
原資の面では、価格転嫁が道半ばです。中小企業庁の価格交渉促進月間フォローアップ調査(2025年9月)で、労務費の転嫁率は50.0%。初めて5割に届いたものの、裏を返せば人件費上昇分の半分はまだ自社で飲み込んでいる計算になります。
ここに最低賃金の引き上げ圧力が重なります。骨太の方針2025は「2020年代に全国平均1,500円」を目標に掲げました。令和7年度の地域別最低賃金は全国加重平均1,121円(前年比+66円、引き上げ率は公表額から算出すると約6.3%)で、全都道府県が1,000円を超え、令和7年10月から令和8年3月にかけて順次発効しました。なお2026年6月時点では、達成期限を「2030年代前半のできるだけ早期」へ見直す調整に入ったとの報道が複数出ています。確定した政府決定はまだ確認できていませんが、期限がどう動いても、最低賃金が毎年上がっていく基調は変わらないと見ておくべきでしょう。
中小の賃上げの実態は、当メディア運営元が毎年実施している一次調査<2025年度>中小企業の賃上げ実態調査で詳しく公開しています。また、最低賃金の仕組みと近年の推移は2023年の最低賃金はどうだった?全国のランキングや企業への影響を解説を、そもそもの人手不足の構造は人手不足な業界と原因は? 人手不足の解決方法についても紹介をあわせてどうぞ。とくに現場を支えるエッセンシャルワーカーの職種では、待遇の見直しが採用の前提になりつつあります。
賃金以外で選ばれる中小企業の条件|2026年版中小企業白書
2026年版中小企業白書(2026年4月24日公表)を見ると、定着率が高い中小企業は、賃金水準の向上とあわせて、休暇の取得推進や時間外労働の削減といった働きやすい職場づくりに取り組んでいます。賃金で差をつけにくい中小企業にとって、ここが戦い方の起点になります。
白書の第2部第3章にある第2-3-8図(定着率が高い中小企業が定着率向上のために取り組んだこと)を見ると、回答割合の高い順に「賃金水準の向上」「休暇の取得推進」「時間外労働の削減」「柔軟な働き方の導入」が並びます。1位はやはり賃金です。ただ、2位以下には、大企業並みの原資がなくても着手できる取り組みが並びます。社内コミュニケーションの活性化、福利厚生の充実、キャリア形成支援なども続きます。

出典:2026年版中小企業白書(中小企業庁)第2-3-8図(2026年7月時点で取得)。原データは帝国データバンク「令和7年度中小企業の経営課題と事業活動に関する調査」
求職者の側のデータも見ておきます。同じ章の第2-3-3図によると、中小企業への入職理由(2023年)は「仕事の内容に興味があった」が1位で、「労働時間、休日等の労働条件が良かった」「自分の能力・個性・資格が生かせる」が続きます。2014年との比較では「仕事の内容に興味があった」の割合が上がり、「とにかく仕事に就きたかった」が下がりました。仕事を選べる時代になった分、仕事内容と労働条件をきちんと見せている会社に人が集まる構図です。しかも白書によると、中小企業への入職者の約7割は転職者です。転職者は前職と比較して求人を読むため、労働条件が具体的に書かれているかどうかが直接効きます。
離職の理由を見ても、話は同じです。厚生労働省の令和5年若年者雇用実態調査では、初めて勤めた会社を辞めた理由は「労働時間・休日・休暇の条件が良くなかった」が28.5%で最多。「人間関係が良くなかった」26.4%が続き、「賃金の条件が良くなかった」は21.8%で3番目でした。若年正社員の職業生活の満足度(満足-不満足のD.I.)では賃金が-5.9と全項目で最低です。賃金の不満はどの会社でも消えない、いわば恒常的な項目です。だからこそ、労働時間・休日・人間関係といった賃金以外の項目で満足をつくれる会社は、その分を採用の武器にできます。
一方で釘を刺しておくと、同調査で「転職したい」と考える若年正社員の理由の1位は賃金(59.9%)です。働きやすさだけで賃金の低さを覆い隠すことはできません。できる範囲の賃上げを続けたうえで、賃金以外の待遇を見えるようにする。この順番だけは間違えないでください。
定着の実務はアルバイトの定着率を上げるための対策とは?改善策や原因についても解説で、人材確保の全体像は人材確保の方法とは?採用と定着のためのポイントを紹介で扱っています。
非金銭待遇の5つの型と「第三の賃上げ」
求職者に見せられる非金銭待遇は、大きく5つに整理できます。自社に何があるか、この型に沿って棚卸ししてみてください。
- 休暇の取りやすさ:有給休暇の取得率・平均取得日数、連休の取りやすさ、時間単位年休など。実際に取れているかどうかを実績の数字で示せると強い項目です。
- 残業の少なさ:月平均の時間外労働時間、ノー残業デーの運用実績。削減に取り組んだ経緯があれば、その変化も材料になります。
- 柔軟な働き方:時差出勤、時短勤務、フレックスタイム、在宅勤務。総務省の令和6年通信利用動向調査では企業のテレワーク導入率は47.3%と前年からわずかに減りましたが、導入目的には勤務者のワークライフバランスの向上(51.6%)が挙がっています。
- 手当(第三の賃上げ):住宅手当・家族手当・食事補助・資格取得支援など。基本給のベースアップ、賞与に続く第3の選択肢として、福利厚生や手当で従業員の可処分所得を実質的に底上げする取り組みは「第三の賃上げ」と呼ばれています。月数千円の手当でも、求職者からは生活に直結する上乗せとして見えます。
- 成長機会と職場の雰囲気:任される裁量の大きさ、育成・資格支援の仕組み、人間関係。白書の入職理由3位「能力・個性・資格が生かせる」に応える項目です。

非金銭待遇の5つの型(公的調査の分類をもとに作成)
公的認定制度を「第三者の裏付け」にする
自社で「働きやすいです」と言うだけでは、求職者は半信半疑です。そこで使えるのが国の認定制度です。いずれも任意の制度なので取得は義務ではありませんが、取れば求人票・採用ページに書ける客観的な裏付けになります。
- ユースエール認定:若者の採用・育成に積極的な中小企業(常時雇用300人以下)の認定。所定外労働時間が月平均20時間以下、有給取得率70%以上または年10日以上、新卒3年以内離職率20%以下といった実績基準があります。
- くるみん認定:子育てサポート企業の認定。令和7年4月施行の基準では男性の育児休業等取得率30%以上などが求められます。
- えるぼし認定:女性活躍推進の認定。採用、継続就業、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコースの5分野で評価されます。
- 健康経営優良法人:従業員の健康管理を経営的に実践する法人の認定で、制度の目的に「求職者からの社会的評価」が明記されています。2026年認定では中小規模部門で23,085法人が認定されており、中小企業に開かれた制度です。
認定の実績基準を満たす過程そのものが、前述の5類型(休暇・残業・働き方)の整備になります。「認定を取りにいく」を職場改善の目標に置く使い方もできます。
求人票の見せ方|待遇を言葉と数字にする
待遇は、持っているだけでは応募につながりません。求人票の文言に落とし込み、数字で示して初めて求職者に届きます。ここがこの記事の核です。
抽象的な形容を、実績の数字に置き換える
ありがちな失敗は、「アットホームな職場です」「風通しが良い社風です」「やりがいのある仕事です」といった抽象的な形容で終わる書き方です。求職者はこうした文言を読み飛ばします。前職と比較できる材料にならないからです。次のように、実績の数字と事実に置き換えます(数値はいずれも書き方の例です)。
- 「アットホームな職場」→「有給取得率80%(2025年度実績)。前日申請でも取得できます」
- 「残業少なめ」→「平均残業は月10時間(2025年度実績)。19時にはオフィスが消灯します」
- 「柔軟な働き方ができます」→「週2日まで在宅勤務可。子どもの行事による時差出勤は当日連絡でOK」
- 「資格取得を応援」→「受験料・教材費を会社負担。直近3年で12名がフォークリフト免許を取得」
書き換えるときは、制度名ではなく利用実績で書きます。「時短制度あり」より「時短勤務の利用者3名(全社員18名)」のほうが信用されます。対象と条件の明記も忘れずに。全社員が対象なのか、入社何年目から使えるのか、ここが曖昧なままだと入社後のミスマッチのもとになります。そして当然ですが、実態と異なることは書かない。虚偽の記載は職業安定法に抵触するおそれがあるうえ、早期離職につながって結局採用をやり直すことになります。

待遇欄のbefore/after(数値は記載例)
2024年4月からの義務記載を落とさない
2024年4月の改正職業安定法施行規則で、求人票・募集要項には「業務の変更の範囲」「就業場所の変更の範囲」「有期労働契約を更新する場合の基準」の明示が義務になりました。これは認定制度と違って任意ではありません。未記載のまま募集を続けるとコンプライアンス上の問題になるうえ、逆にきちんと書けば「入社後の配置転換まで正直に示す会社」という透明性の訴求にもなります。
認定マーク・取り組みは特記事項に書く
ユースエールやくるみんなどの認定を持っているなら、求人票の特記事項やフリー記述欄に必ず書きます。「子育てサポート企業としてくるみん認定を取得(2025年)」のように、制度名と取得年をセットにすると具体性が出ます。認定がまだなくても、「男性の育休取得実績あり(直近2年で2名)」のような事実は書けます。
ここまでの「数字で見せる」書き方は、そのまま自社の求人づくりに使えます。
無料で始める採用ツール「採用係長」
そのまま無料で求人を作成できます
求人票全体の構成やNG例は【2026年度版】求人広告の書き方テンプレート|応募が増える例文・NG例・チェックリストと求人広告の作り方 応募が増える書き方・作成手順とテンプレート、NG例で型を用意しています。また、給与欄で固定残業代を使う場合の正確な表記は固定残業代とは?求人票への表記と計算方法について解説!を参照してください。待遇を良く見せたいときほど、賃金表記の正確さが土台になります。
自社の採用ページで待遇を面で見せる
求人媒体の定型枠には、文字数にも項目にも限りがあります。休暇や働き方の実績、職場の写真、社員の声、手当の背景にある考え方まで見せようとすると、媒体の枠では足りません。その受け皿になるのが自社の採用ページです。
採用ページを自社で持つ利点は2つあります。1つは、非金銭待遇を面で見せられること。求人票の1行では伝わらない情報を、写真と文章で補えます。もう1つは、特定の媒体に依存しない採用の入口を持てることです。媒体の掲載期間が終わっても、自社ページは残り続けます。
採用係長なら、求人ページを無料で作成でき、作成したページは求人ボックスやGoogleしごと検索など最大5つの求人検索エンジンへワンクリックで連携できます(掲載には各エンジンの審査があります)。求人作成時には地域の最低賃金に合っているかを確認できる最低賃金チェック機能もあるため、毎年の最低賃金改定への対応漏れも防げます。応募が来たあとの応募者管理まで同じ画面で進められます。
なお、採用にかけられる予算そのものが限られている場合の選択肢の全体像は採用予算がない企業向け|お金をかけずに採用する方法と低コスト施策にまとめています。無料でできる施策と本記事の「見せ方」を組み合わせるのが、原資の少ない会社の基本形です。
賃上げと職場改善に使える国の助成金
非金銭待遇の整備や賃上げそのものには、国の助成金を補助線として使えます。代表的なのは2つです。人材確保等支援助成金は、雇用管理制度の導入など「魅力ある職場づくり」の取り組みを支援するものです。業務改善助成金は、事業場内の最低賃金を引き上げ、あわせて生産性向上のための設備投資などを行う中小企業を支援します。
いずれもコースや要件が年度で変わりやすいため、申請を検討する際は厚生労働省の最新の案内を確認してください。助成金は「もらえるから取り組む」ものではなく、この記事で整理した職場改善の後押しとして使うのが本来の順番です。
よくある質問
中小企業が賃上げできない理由は何ですか?
最大の理由は原資です。人件費上昇分の価格転嫁は労務費で50.0%(中小企業庁・2025年9月調査)と、半分は自社負担のままです。ただし2025年度に賃上げを実施・予定した中小企業は69.6%あり、「賃上げしていない」のではなく「大企業と同じ額を出しにくい」のが実態です。
最低賃金1500円はいつから始まりますか?
決まった開始日はありません。1,500円は骨太の方針2025が掲げた「2020年代に全国平均1,500円」という政府目標で、令和7年度の実績は全国加重平均1,121円です。なお、達成期限を2030年代前半へ見直す調整に入ったとの報道もあります(2026年6月時点で確定は未確認)。毎年度の改定額は、例年7月下旬から8月上旬に示される中央最低賃金審議会の目安答申を経て、都道府県ごとに決まります。
中小企業の採用は難しいですか?
人手不足は今後さらに深刻になるおそれがあると2026年版中小企業白書は指摘しています。一方で、中小企業への入職理由は「仕事の内容」「労働時間・休日等の労働条件」が上位で、賃金だけで決まってはいません。入職者の約7割は転職者のため、労働条件をはっきり書いた求人ほど選ばれやすくなります。
中小企業の給料が上がらないのはなぜですか?
上がっていないわけではありません。2025年度の中小企業の賃上げ率は平均4.03%で、率では大手に迫っています。ただ、もともとの賃金水準に大企業比で約11〜18ポイントの差があるため(令和6年賃金構造基本統計調査)、同じ率でも金額の差が縮まりにくい構造です。
まとめ|賃金の差は見せ方で補う
最低賃金1,500円はまだ目標段階ですが、引き上げそのものは今後も続く見通しです。この環境で中小企業が採用で選ばれる道は、できる範囲の賃上げを続けたうえで、休暇や残業、働き方、手当、そして成長機会という非金銭待遇を、求人票と採用ページで実績の数字にして見せることです。2026年版中小企業白書が示すとおり、定着率の高い中小企業はすでにその方向に動いています。まずは待遇の棚卸しをして、求人票の待遇欄を1行だけでも実績の数字に書き換えるところから始めてみてください。
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