働き方改革が叫ばれる中、多様な働き方が生まれ、「限定正社員」が社会から注目されるようになっています。 さて、「限定正社員」とはなんでしょうか。「正社員」との違いも踏まえて本記事では解説いたします。
目次
限定正社員とは
「正社員」とは、一般的に、労働条件に制約がない労働者を指します。 「非正規労働者」とは、正社員と比較して、何らかの条件が異なる労働者を指します。例えば、
- 1日の労働時間
- 出勤日数
- 担当業務
- 契約期間
に条件が定められている場合です。 「限定正社員」とは、この2つの中間に属する形態で、契約期間が無期である点は正社員と同じですが、勤務地や仕事内容、勤務時間などの一部の条件が限定されている社員を意味します。
また、限定正社員は「準正社員」や「多様な正社員」「ジョブ型正社員」などさまざまな呼び方があります。本記事では包括して「限定正社員」として解説します。
限定正社員の現状
図表作成: 政府統計の総合窓口e-stat 『雇用均等基本調査(女性雇用管理基本調査) / 雇用均等基本調査 / 令和元年度雇用均等基本調査 事業所調査』と『雇用均等基本調査(女性雇用管理基本調査) / 雇用均等基本調査 / 平成30年度雇用均等基本調査 事業所調査』より作成
2018年度と2019年度の「多様な正社員制度の利用者割合」を見てみると、「勤務地限定正社員」と「職種・職務限定正社員」制度が利用されていることが分かります。 また、同調査を性別別に見ていくと、限定正社員制度は男性よりも女性の方が利用割合が多い事も分かります。 図表作成: 政府統計の総合窓口e-stat 『雇用均等基本調査(女性雇用管理基本調査) / 雇用均等基本調査 / 令和元年度雇用均等基本調査 事業所調査』と『雇用均等基本調査(女性雇用管理基本調査) / 雇用均等基本調査 / 平成30年度雇用均等基本調査 事業所調査』より作成
「働き方改革法」が成立してまだ間もないという理由もありますが、限定正社員制度を実際に取り入れている企業はまだまだ少ないのが現状です。
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なぜいま「限定正社員」が注目されているか
限定正社員に注視するのには、消極的な理由と積極的な理由があります。
消極的理由:無期転換ルール
平成25年に改正・施行された労働契約法により、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換されるルールが導入されました(※自動的に無期化するわけではないことに注意)。
無期転換されても、完全に正社員化するわけではありません。 あくまで、契約期間が無期化するだけなので、勤務地、仕事内容や勤務時間の契約内容は従前のままとなり、「限定正社員」となります。
企業としては、こうして発生する限定正社員に対する手当をしておく必要があります。
この手当の方法には、注意すべき点が2点あります。
1つは、5年経過により当然に有期から無期へ転換されるわけではないことです。 労働者から申込みを受けて初めてこのルールが適用されます。 この申込みがない間は非正規労働者のままであり、限定正社員ではありません。
もう1つは、労働期間が無期となることにより、労働者の解雇がほぼ認められない長期雇用が前提となります。会社として社員をどう戦力化するのか、会社の経営戦略と労働者本人のキャリアデザインをどうやってマッチさせるかといった課題が発生します。
積極的理由:働き方の多様化
企業が限定正社員に注視すべき積極的な理由は、現代の社会において働き方の多様化が求められていることに起因します。
共働き世帯の増加や政府が推し進める働き方改革、保育園問題や介護問題が時代の背景にある中で、労働力は売り手市場となっています。 そのため、優秀な人材の確保が急務となっている企業は、労働者のワーク・ライフ・バランスに合った労働条件を提示する必要が出てきました。
限定正社員を導入するメリット・デメリット
企業としては、自社と労働者について、必要不可欠な労働条件と許容できる労働条件を明確に分けたうえで、限定正社員の導入を戦略的に考える必要があります。これによって、企業と労働者は、以下のようなメリットを得られます。
企業側のメリット | 労働者側のメリット |
◇優秀な人材の確保、定着 ◇多様な人材の活用 ◇地域に根ざした事業展開 ◇技能の蓄積、承継 ◇無期転換後の受け皿 |
◇ワーク・ライフ・バランスの実現 ◇雇用の安定に繫がる ◇処遇の改善 ◇キャリア形成・キャリアアップ ◇多様な働き方の実現 |
一方、限定正社員の存在により、次のようなデメリットが発生する可能性もあります。
企業側のデメリット | 労働者側のデメリット |
◇人事権の制約(配置転換ができない等) ◇雇用の流動性の低下(労働契約を終了させにくくなる) ◇雇用管理の複雑化(雇用形態が複数になるため) |
◇正社員との処遇格差 ◇正社員と比較した場合の解雇の容易さ ◇給与やキャリアパスの面で正社員と比較した場合の不利 |
このリスクを回避するためにも適切な人事戦略が必要になります。
限定正社員制度を導入するポイント
限定正社員制度導入の最大のポイントは、企業と労働者のニーズ(≒労働条件)をマッチさせることであり、その要素は主に3点です。
- 勤務時間
- 勤務地
- 職務内容
すなわち、特定の地域、特定の時間、または、特定の業務に従事する限定正社員を導入することになります。ここがミスマッチとなってしまうと、優秀な人材の確保に至らないか、離職率が高くなり、結果的に人事戦略の失敗に繋がります。
例えば、育児・介護を重視する社員に対しては、所定労働時間を限定、残業なし、所定勤務日数を限定するといった「勤務時間」の制限、転勤なしや特定の事業所限定、一定のエリア内限定の転勤といった「勤務地」の制限が考えられます。
また、自身のキャリアアップを望む従業員に対しては、業務限定(例:定型業務のみ)、部署限定、特定の職種のみ(例:講師)を設定するなど「職務内容」の限定が考えられます。 これら3つを組み合わせて働き方を制度化し、条件を明確にし、適性な評価をすることで従業員のモチベーションアップにも繋がります。
企業の行うべき法律上の2つのこと
企業が限定正社員を受け入れるにあたり、法律上最も注意するべき点は以下2点です。
- 就業規則等の作成・改変
- 同一労働同一賃金の原則への対応
就業規則等の作成・改変
就業規則とは、会社と従業員とのルールを定めるものです。
ただ、法律上ここに定めないと効果を有しないものが多くあり、服務規律や懲戒権、一定の職務命令もこれに属します。 特に、限定正社員については「無期」とされる以上、定年制がどのように適用されるかを明記しなければ、
- 定年があるのかないのか
- ないのであれば言葉どおり「無期」で雇用しなければならないのか
といった所が不明瞭になります。そこで、就業規則を改変等する際にはまず、限定正社員に適用される就業規則を明確化する必要があります。
例えば、就業規則が「正社員版」と「パート社員版」しか定めがなければ、どちらがどのように適用されるか不明なので、あらためて限定正社員にはどの就業規則が適応されるのか、新しく作るべきなのか検討する必要があります。
同一労働同一賃金の原則への対応
同一労働同一賃金の原則とは、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間で、不合理な待遇差を認めないとするものです。限定正社員の場合は、無期であり、より正社員に近い立場になりますので、厳格にこの原則が適用される可能性が高いと考えられます。
同一労働同一賃金制度については以下の記事でも解説しています。
⇒同一労働同一賃金制度に必要な対策と準備とは?【2020年最新版】
従って労働条件、特に賃金を設定する際には、限定正社員の限定の程度と賃金の差が合理的に説明できる範囲に設定する必要があります。
具体的には、勤務時間は、所定労働時間の長短に応じて比例的に基本給の差を設けることは合理的と言えます。また、残業ができないことや勤務時間が短いことによる業務の限定等のマイナス面を考慮し、若干の調整を加えることも合理的と考えられます。
また、勤務地、職務について、限定の度合いにより合理的な係数を決め、正社員の給与に乗じて基本給を決めるといった手法も考えられます(例:エリア内転勤限定は0.9を乗じる)。
限定正社員の導入事例
株式会社ファーストリテイリング様(地域限定)
画像出典:グローバルリーダーと地域正社員| ファーストリテイリンググループ採用情報
株式会社ファーストリテイリング様は国内・国外を問わず転勤の可能性がある「グローバルリーダー」と転勤を伴わない「地域正社員」の2つの採用方式を取っています。 「地域正社員」も本人の希望があれば「グローバルリーダー」へチャレンジ可能など、個人のキャリアに合わせた雇用が特徴的です。
りそなホールディングス様(職務限定・時間限定)
画像出典:人事制度|人権|りそなホールディングス
りそなホールディングス様では「スマート社員」という名前で「勤務時間」もしくは「業務範囲」のいずれかを限定できる限定正社員制度を導入しております。 特にダイバーシティマネジメントの促進や、キャリア形成の支援に重きを置いていることが分かります。新卒向けの採用サイトでは女性のスマート社員のインタビューを掲載するなど、「長く勤められる仕組み作り」を伝えています。
限定正社員の受け入れのために
法制度の変化や労働者の意識の変化、社会の風潮の変化から、まず人を雇ってからどんな仕事を任せるかを考えるメンバーシップ型雇用から、詳細に仕事を定義付けてその仕事に対して必要な人が割り付けられるというジョブ型雇用にシフトしていくことが予想されます。
そして、ジョブ型雇用を適切に行うためには、労働契約の際に職務内容を詳細に記した職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成することがスタンダードになってくると予測できます。
職務記述書(ジョブディスクリプション)については以下の記事で解説しています。
⇒ジョブディスクリプションって何?|メリットやポイントについて紹介
職務記述書を作成するためには業務の棚卸しを行い、仕事を細かく定義わけすることが求められます。これは、企業にとっては負担にもなりますが、業務プロセスの見直しや業務効率化にも繋がる道でもあります。
限定正社員は関連する法律を踏まえ、経営上のメリット・デメリットをしっかりと理解した上で雇入れを行えば、人材の多様化、採用対象の拡大、業務効率化に対する大きな武器にもなる可能性を秘めています。 皆さんの職場でも、積極的な活用を検討してみてはいかがでしょうか。
記事執筆:弁護士法人三ツ星 弁護士/中小企業診断士 廣石 佑志
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