給与のデジタル払いとは? 企業のメリット・デメリットと必要な対応

コロナ禍以降、「○○ペイ(Pay)」や「○○払い」などの電子マネーによるキャッシュレス決済が急速に普及し、日常的にキャッシュレス決済アプリを活用する人が増加しています。

2023年4月には、「給与(賃金)のデジタル払い」が解禁。
労働基準法の改正によって、企業は従業員に対して電子マネーで給与を支払うことが可能になりました。

デジタル払いに興味のある企業や、導入を検討すべきか迷っている担当者は少なくないのではないでしょうか。

そこで、給与のデジタル払いの仕組みや企業が対応すべき点などを踏まえ、導入のメリット・デメリットを詳しく解説します。

給与のデジタル払いとは?

給与のデジタル払いとは、給与を電子マネーで支払うことです。

2022年に労働基準法の一部が改正され、従来から認められている「(1)現金での支払い」「(2)銀行口座・証券取引口座への支払い」に加え、キャッシュレス決済サービスを運営する資金移動業者を通じた「(3)電子マネーでの支払い」が新たな選択肢として加わりました。

企業は従業員の同意を得た場合に限り、2023年4月1日から給与のデジタル支払いが可能です。

給与のデジタル払いを推進する背景

政府が成長戦略のひとつとして推進する、デジタル化社会の実現。
その中には、国内のキャッシュレス決済比率を2025年までに40%まで引き上げる目標が掲げられており、給与のデジタル払いの解禁も、その一環として検討が進められていました。

決済サービスの安全性への懸念などから議論は一時中断されていましたが、コロナ禍で新しい生活様式への対応が進み、キャッシュレス決済の普及が加速。

同時に送金サービス(スマートフォンアプリなどを利用して電子マネーを送金するサービス)の普及・多様化も進んだことで議論が再開され、制度化に至ったのです。

また厚生労働省が2019年に実施した、コード決済利用者向けのアンケート結果などを踏まえ、給与のデジタル払いに関して一定の消費者ニーズが確認されたことも解禁の理由として挙げられています。

厚生労働省 消費者向けアンケート
画像出典:厚生労働省:第178回労働条件分科会(資金移動業者の口座への賃金支払に関する労働者のニーズと考えられる背景

給与のデジタル払いの仕組み

従業員が給与のデジタル払いを希望する場合、企業は給与支払い用の資金を資金移動業者(決済サービス会社)の銀行口座へ送金します(※1)。
その後、資金移動業者によって従業員のアカウント(電子マネーアプリ)に給与分が支払われ(チャージされ)ます。

厚生労働省による支払いイメージは以下の通りです。

厚生労働省 デジタル払いの支払いイメージ
画像出典:厚生労働省:第178回労働条件分科会(資金移動業者の口座への賃金支払について「資金移動アカウントを利用する場合の資金の流れのイメージ2」)

ただし、当該アカウントの残高は上限が100万円と定められており、上限を超える額はアカウントに紐づく銀行口座等に決済サービス会社が振り込むこととされています。

※1 具体的な手続きは、資金移動業者によって異なります

企業に求められる対応

給与のデジタル払いを行う場合は、それに対応するための社内整備が不可欠です。
ある程度の期間を確保して、準備を進める必要があります。

システム導入

通常の給与振込では、振込データ(FBデータ)を作成して銀行に振込依頼を行います。
デジタル払いも同様に、専用のデータ作成を行い、資金移動業者(決済サービス会社)へ振込指示をしなければなりません。

しかし、電子マネーにはさまざまな種類があり、手続き方法もその資金移動業者によって異なることから、個別作業を行うことは大きな業務負担になるでしょう。
そのため給与のデジタル払いには、各資金移動業者とデータ連携ができるシステム導入が不可欠といえます。

現在利用中の人事給与システムや経理システムと連携できるシステムであれば、既存の業務内容を大幅に変更することなく、スムーズなシステム導入が可能です。

就業規則への記載

決済サービスは非常に多くの種類があるため、導入するシステムによっては、対応する決済サービスを限定する必要があるかもしれません。
そうした方針の策定をはじめ、デジタル払いに関する社内規定の作成や就業規則への記載など事務的な準備も同時に進めましょう。

労使協定の締結と本人の同意

給与のデジタル払いは、銀行振込と同じく、労使協定の締結および本人の同意が必須です。
またそれらを行うために従業員への説明も実施しましょう。

給与のデジタル払いに対する企業の反応

給与のデジタル払いについて、企業はどのように考えているのでしょうか。

株式会社Works Human Intelligenceでは、同社が提供する人事システムを利用中の法人・団体を対象に給与のデジタル払いに関するアンケート調査を実施しています。

調査結果によると、利用を予定しているまたは検討している(これから検討予定+検討しているが利用は未定)法人は26.3%。検討も利用も予定していない法人が72.9%を占めています。

グラフ(給与デジタル払い利用の検討予定)
画像出典:株式会社Works Human Intelligence(給与デジタル払いに関する調査レポート「給与デジタル払い利用の検討予定」)

また、60%以上の法人が「システムインフラの投資コスト」と「担当者の対応工数」を導入障壁として挙げました。
中小企業が導入を検討する場合には、これらの障壁はより大きな課題として立ちはだかることが考えられますね。

グラフ(給与デジタル払いにおける障壁)
画像出典:株式会社Works Human Intelligence(給与デジタル払いに関する調査レポート「給与デジタル払いにおける障壁」)

ただし、このアンケートは法改正が決定する以前(2021年2月15日~3月5日)に行われた調査です。
解禁が決定し、制度の詳細が発表された現在では企業の意向は変化している可能性があります。

給与のデジタル払いを導入するメリット

給与のデジタル払いの導入には、メリット・デメリットの両方があります。
まずはメリットを確認していきましょう。ここでは、企業および従業員のメリットを解説します。

「給与のデジタル払い」による企業のメリット

デジタル払いに対応することで企業が得られる主なメリットは、以下の4点です。

  • 振込手数料を削減できる
  • イメージアップを図れる
  • 銀行口座を開設しづらい従業員も雇用しやすい
  • 福利厚生が充実し、人材確保と定着に役立つ

振込手数料を削減できる

銀行口座への振込みと比べ、手数料の削減が期待できます。
利用するサービスによって削減幅は異なりますが、交通費や備品購入などの経費清算でデジタル払いに対応している企業では、銀行への振込みなどと比べて、手数料が3分の1程度まで削減されたという事例もあるほどです(※2)。

※2 参考:NHK(東京・渋谷区にあるガス会社の事例

企業イメージの向上や人材確保につながる

給与のデジタル払いは、どの会社でも導入している“当たり前”の制度ではありません。

採用においてはこうした取り組みをアピールすることで、「時代の変化に柔軟に対応できる会社」「ユニークなことをする面白い会社」など、プラスの印象を与えることが可能です。
応募者確保のための差別化ポイントにもなるでしょう。

銀行口座を開設しづらい従業員も雇用しやすい

採用した従業員が銀行口座を所有していない場合(または所有口座が自社のメインバンクの同行同支店ではない場合)、給与振込のための口座開設を依頼することはよくあるでしょう。

しかし、採用した従業員が外国人の場合は、銀行によっては口座開設に時間がかかることや、言語の問題で担当者が口座開設の手続きをサポートしなければならないケースも少なくありません。

デジタル払いではこうした問題に煩わされることなく給与の支払いが可能なため、従業員をスムーズに受け入れることができます。

福利厚生が充実し、人材の定着に役立つ

デジタル払いであれば、近年福利厚生の一環としてニーズがある、日払いや週払いなどにも対応がしやすくなります。
それが働きやすさにつながり、従業員満足度の向上を図ることが可能。 入社後の定着にも寄与することが期待できるでしょう。

「給与のデジタル払い」による従業員のメリット

給与のデジタル払いは従業員にとってもプラスの面があります。主なメリットは以下の2点です。

  • 銀行口座を開設できなくてもすぐに働ける
  • 給与の受取り方法を選べる

銀行口座を開設できなくてもすぐに働ける

電子マネーのアカウントは、銀行口座を開設するよりもはるかに簡単に作成することができます。
給与が銀行振込での支払いの場合は、口座開設ができるまで就業ができないケースもありますが、デジタル払いであればすぐに就業を開始することが可能です。

給与の受取り方法を選べる

給与の受け取り方法の選択肢が増えることで、生活スタイルに合わせたお金の管理が可能になります。

特に毎月銀行口座から一定額を電子マネーへチャージしている方にとって、その手間がなくなることはメリットです。
また勤務先が日払いや週払いなどにも対応すれば、従来の口座振込よりも柔軟な受け取り方ができるようになります。

さらに決済サービスによってはチャージ額に応じたポイント還元やクーポンを配布するキャンペーンなども実施しており、デジタル払いならではのメリットも期待できるでしょう。

給与のデジタル払いを導入するデメリット

続いて、給与のデジタル払いのデメリットを確認しましょう。
給与のデジタル払いの導入を検討する際は、デメリットも十分に把握しておくことが大切です。

企業と従業員それぞれのデメリットについて解説します。

「給与のデジタル払い」による企業のデメリット

主な企業のデメリットには、以下が挙げられます。

  • システム導入のための費用がかかる
  • デジタル払いに対応するための業務負担が増える
  • セキュリティリスクと管理の負担

システム導入のための費用がかかる

企業に求められる対応で解説したとおり、給与のデジタル払いにかかる業務をスムーズに行うためには、既存のシステムとの連携が必要です。
中小企業にとっては、決して小さな投資とはいえないでしょう。

デジタル払いに対応するための業務負担が増える

給与のデジタル払いを実施するためには、従業員の同意が必要です。
そのためデジタル払いを希望する従業員以外は、従来通り口座振込で給与を支払うことが考えられます。

複数の支払い方法が可能になることで、当該業務を担当するスタッフの業務の増加は避けられません。
業務負担を分散するための人的コストがかかる場合もあるでしょう。

また決済サービス会社の選定にあたって、与信業務が発生することも業務負担増につながります。

セキュリティリスクと管理の負担

給与のデジタル払いは、サイバー犯罪のリスクも懸念されています。

給与振込では銀行口座に関する情報を従業員から取得する必要がありますが、デジタル払いを行う際は、口座情報に代わる「個人キー」が必要です。
個人キーは口座情報とは違って、従来の方法では管理が難しいケースもあり、適切な管理が求められます。

セキュリティを担保し、またそれを維持し続ける負担は決して少なくないでしょう。

「給与のデジタル払い」による従業員のデメリット

一方、従業員には以下のようなデメリットがあります。

  • 銀行口座への送金や払い出し(現金化)の手間が増える
  • チャージ残高には上限がある

銀行口座への送金や払い出し(現金化)の手間が増える

給与を電子マネーで受け取ることができても、公共料金の支払いなどに対応していない決済サービスを利用する場合は、銀行口座への送金や払い出し(制度開始後は、銀行ATM等から1円単位での出金が可能)が必要であり、その手間が発生します。

ただし、これまで銀行口座やATMなどから電子マネーへチャージをしていた方にとっては、その手間が置き換わるだけともいえるかもしれません。

送金等にかかる手数料は決済サービスごとに異なります。
企業によって毎月2回目以降は自己負担の可能性もあるため、給与のデジタル払いを希望する際には確認が必要です。

チャージ残高には上限がある

給与の支払い先として登録する電子マネーのチャージ残高は、上限が100万円以下と定められています。
そのため貯蓄口座のように利用することはできません(101万円以上となった場合は、超過分は電子マネーのアカウントに紐づく銀行口座などに資金移動業者によって振り込まれます)。
それと同様に、100万円を超える給与の支払いにおいても、一度に全額を電子マネーで受け取ることは不可能です。

給与のデジタル払いの導入は、段階的に進めよう

これまでの説明のとおり、給与のデジタル払いに対応するには、さまざまな準備が必要です。

今後を見据えて取り組みを始めたい企業は、一気に導入を推し進めるよりも、はじめは対応する決済サービスと、支払い対象(給与の一部や賞与、経費精算など)を限定するなどして、段階的に進めることがおすすめです。

本格的な導入は、リスクやデメリットを十分に見極め、また従業員の反応なども確認したうえで、その必要性が上回ると判断できてからでも遅くはないでしょう。

まとめ

2023年4月1日解禁の給与のデジタル払いは、導入の課題やセキュリティへの不安などから、企業・従業員ともにしばらく様子を伺う状況が続くかもしれません。

こうした取り組みは、先取りすれば採用活動にプラスに働くことが期待できますが、遅れてしまった場合には、大きなマイナスになる可能性があります。
中小企業にとってデメリットやリスクが小さくないため、タイミングを見極める必要はありますが、その時期がきた際にスムーズに導入できるようにするための準備は必要でしょう。

電子マネーで給与を支払うこと・受け取ることが当たり前の時代は、そう遠くない未来のはず。
従業員のニーズ把握やインフラ整備にかかるコストの算出、段階的な導入の検討など、今できることを進めておくと良いのではないでしょうか。

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この記事を書いた人
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馬嶋 亜衣子(samusillee)

採用・キャリア関連、医療分野を中心に執筆を行うフリーランスライター。 各種メディアの取材ライティングやSEOライティング、採用HPのライティングなどに携わっています。

監修者
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辻 惠次郎

ネットオン創業期に入社後、現在は取締役CTOとしてマーケティングからプロダクトまでを統括。
通算約200社のデジタルマーケティングコンサルタントを経験。特に難しいとされる、飲食や介護の正社員の応募単価を5万円台から1万円台に下げる実績を作り出した。
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