少子高齢化が進む現在、介護を理由に退職する中高年の正社員が増えています。
介護離職を選択する方の多くは、介護の担い手が他におらず、仕事を続ける意欲はあっても退職せざるを得ない状況にあります。
介護による退職は、退職する方、企業、社会全体にとって大きな損失であり、早急に解決すべき社会問題の1つです。
本記事では介護離職が増加している背景や必要な対策・支援事例について解説していきます。
30代後半~50代の社員の方がいる「労務担当者」や「会社の人事担当者」の方は、ぜひ参考にしてください。
目次
介護離職とは
介護離職とは、家族の介護と仕事の両立が難しくなり、退職や転職をすることです。
多くの場合、親の介護が必要となるのは40~50代です。
中高年は働き盛りで、会社の中でも重要な役割を担っていることも少なくありません。
そのような中堅社員の退職は、企業にとって大きな損失となるでしょう。
介護離職の問題点は、他にも下記のようなものがあります。
- 収入がなくなり、経済的に困窮する可能性が高くなる
- 介護終了後に再就職しようと思っても、年齢を理由に働き口が見つからない
- 介護生活によって社会から孤立してしまう
社会全体から見れば、介護離職の増加は労働力不足を一層深刻化させ、経済の減速を招くと懸念されています。
経済産業省『2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について(平成30年9月)』によると、介護離職にともなう経済全体の付加価値損失は約6500億円との試算もあります。
このように、少子高齢化がますます進んでいる現代社会にとって、介護離職は大きな課題です。
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いま介護による離職が増えている背景
内閣府委託による株式会社大和総研様の調査報告書『介護離職の現状と課題( 2019年1月9日)』によると、2017年の介護離職者数は約9万人となり、2007年に比べておよそ2倍に増えました。
上記のグラフからも、10年間で介護離職者が2倍に増えていることが読み取れます。
離職者の雇用形態の内訳をみると、以前は非正規労働者の離職が多かったものの2010年頃から正社員の割合が増え、現在では正社員の介護離職の方が多くなっています。
つまり、この10年で正社員の介護離職が増え、非正規労働者と正社員の介護離職の割合が逆転しています。
この10年間で介護離職者数が2倍に増え、今では正社員の方が望まない介護離職をするケースが多い事実に、驚かれた方も多いのではないでしょうか。
そして、この問題は自社に無関係のものではありません。
自社でも顕在化していないだけで、介護の問題を抱える社員がいるかもしれないのです。
では、このような状況はなぜ起こるのでしょうか。
社会の構造的要因と介護離職者が直面する具体的な課題の2つの側面から、介護離職増加の背景を考察します。
社会の構造的要因
①家庭内で介護を担える人材が不足している
なぜ、近年介護離職する人の割合が増えているのでしょうか?
それは、昔に比べてそもそも兄弟姉妹の数が少なく、共働き・単身世帯が増加しているからです。
先述の内閣府委託による株式会社大和総研様の調査報告書によれば、50歳時の未婚割合は2010年に男女とも10%を超えており、単身世帯は急速に増加しています。
また、年齢階級別の共働き世帯比率は40歳前後~50歳前後が約70%と最も高くなっています。
核家族である上に、夫婦ともに企業勤めをしている場合、自分の親の介護は自分で担うしかありません。
家庭内で介護を担える人材が不足しているために、介護離職を検討する必要が出てきます。
本人は辞めたくないのに、介護について他に頼る兄弟がいないから辞めてしまう。
介護離職者は、そのようなギリギリの状況に追い込まれているのです。それをいち早く察知する仕組みづくりが重要です。
②企業の受け入れ体制が整っていない
介護を担う社員を企業側が受け入れ切れていない現状も、介護離職が増加する一因です。
先述の内閣府委託による株式会社大和総研様の調査報告書によると、社員数30名以上の事業所の7割以上が介護休業・介護休暇制度や短時間勤務制度の規定を設けている一方で、社員数30名未満の事業所では介護関連の規定の整備率は5~7割程度にとどまっていることが明らかになりました。
社員側の視点で関連データを紐解くと、介護離職者が介護休業制度を利用しなかった理由は「介護休業制度がないため」という回答が最も多く4割以上となりました。
次いで「自分の仕事を代わってくれる人がいないため」という理由が20.8%、「介護休業制度を利用しにくい雰囲気があるため」という理由が18%と、介護と仕事を両立させる制度はあっても積極的に利用しづらい状況があるようです。
ある程度規模の大きい企業に勤めていれば、介護休業や短時間勤務など、介護と仕事を両立するための制度が整っています。
しかし、社員がその制度を知らなかったり、積極的に制度を利用しづらい状況が発生しているほか、規模の小さい会社に至ってはそもそも介護と仕事の両立のための制度が整っていない現状があります。
介護をしながら働きたい社員がいても、企業側がそのような社員を受け入れられる体制ではないことが多いのです。
③社会全体で、介護施設や介護人材が不足している
介護の担い手不足は、家庭内だけでなく社会全体の課題でもあります。
急速に進む高齢化によって介護施設の整備が追いついていない現状があります。
例えば、先述の株式会社大和総研様の調査報告書によると、65歳以上の要介護認定者に対する介護施設(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護療養型医療施設)の整備率は16%で、養護老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などを加えても整備率は32%にとどまっています。
画像出典:株式会社大和総研様の調査報告書
加えて、介護を支える人材不足も深刻であり、2025年には約32万人の介護職員が不足するという試算を厚生労働省が発表しています。(厚生労働省『介護人材確保の取り組み』2021年8月11日閲覧)
介護施設は要介護認定3未満の方は入所できません。
買い物や食事、排泄などに部分的な介護が必要になる要介護認定2や1の状態では、デイサービスへの通所や訪問介護を利用するしかなく、サービスを利用していない時間は家族がサポートする必要があります。
こういった社会の構造的要因を解消するために、老人ホーム検索サイト等のIT活用が進められています。
参照:ケアスル介護
介護を理由に離職した場合、離職者が直面する課題にはどのようなものがあるのでしょうか。
次の項目では「介護離職者が直面する課題」について考えていきます。
介護離職者が直面する具体的な課題
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社様が実施した平成24年度厚生労働省委託調査『仕事と介護の両立に関する労働者アンケート調査』によると、介護離職者の8割以上が仕事と介護の両立を「不安」と感じていたことが明らかになりました。
画像出典:平成24年度厚生労働省委託調査『仕事と介護の両立に関する労働者アンケート調査』
不安を感じている人の具体的な不安内容に関する設問では、「介護休業制度などの両立支援制度がないこと」という回答が介護離職者で29.8%と最も高く、次いで「自分の仕事を代わってくれる人がいないこと」が27.6%となりました。
介護の問題に直面することが多い40~50代は管理職についていたり、長年の経験から責任のある仕事を任されていたりと、企業の中でも重要な役割を担っていることも多いため、仕事との両立に難しさを感じる人も多いのだと考えられます。
また、働きながら介護をしている頻度を尋ねると、介護離職者の場合は「ほぼ毎日」という回答が最も多く、5割を超えています。
その一方で、介護離職者の退職時の就業意向は「仕事を続けたかった」と回答した人が55%を超えており、多くの方はギリギリまで仕事と介護の両立を模索しながらも、残念ながら介護のために離職せざるを得なかった状況が見えてきます。
画像出典:「仕事と介護の両立に関する労働者アンケート調査」 結果概要
介護と仕事の両立に悩み、介護離職を選択する状況は決して特別なケースではありません。
内閣府『 令和元年版高齢社会白書』によると、人口の多い団塊世代が75歳以上となる2025年には、高齢者人口は3,677万人にものぼると予測されており、誰しもがキャリアの途中で介護との両立の問題に直面する可能性があるのです。
介護離職をなくすために企業がやるべきこと
ここからは介護離職をなくすために、企業側で取り組むべきことについて紹介します。
まず、介護離職を防ぐための企業の取り組み事項については、厚生労働省がガイドラインやマニュアルをまとめています。
自社で新たに介護との両立支援を始める際は、こちらのガイドラインを参考にすると良いでしょう。
厚生労働省のガイドラインはこちら
では、具体的な対策について、介護との両立が必要な社員が発生したと想定し、3つのフェーズから考えていきます。
企業側が日常的にやるべきこと
①「仕事と介護の両立支援モデル」の構築
こちらは厚生労働省が推奨する、介護離職の防止策の1つです。
日頃から従業員の仕事と介護の両立に関する実態を把握し、自社内の制度設計や見直し、介護に直面する前の従業員への支援、介護に直面した従業員への支援、働き方改革という一連の体制を整備しておく必要があります。
厚生労働省のホームページには、この支援モデル構築の際に活用できるチェックリストなどが掲載されていますので、自社内で整備できていること、できていないことの洗い出しに活用できます。
②自社の就業規則の見直し
介護を担う必要のある社員は、育児・介護休業法などの法律に基づいて「介護休業」「介護休暇」「介護による時短勤務等の措置」「所定外労働・時間外労働・深夜残業の制限」を利用できます。
また、介護を理由とした不当な扱いやハラスメントは禁じられており、これらを防止する対策を企業側で行う義務があります。
①で紹介した「仕事と介護の両立支援モデル」構築の際に、あわせて自社内の就業規則も見直し、介護の際に社員が利用できる制度の取得条件や申請方法の明記を行うなど、もし未整備の部分があれば対応を行っていきましょう。
③相談窓口の設置
社内に相談窓口を設置することも、日頃から行っておきたい対策の1つです。
介護離職の防止に大切なのは、介護と仕事の両立を社員が1人で抱え込まないようにすることです。
介護が必要になるかもしれない時やハラスメントが発生した際に、相談窓口があれば社員も自身の状況を気軽に相談しやすくなります。
④支援制度や国の介護支援制度の情報を周知
介護離職者の中には、自社や国の介護支援制度を知らず、介護を一人で抱え込んでしまう方も少なからずいるようです。
社内SNSや社内研修、ハンドブックの作成などを通じて、自社の介護支援制度や国の介護保険制度、社員が権利として取得できる介護休業などの仕組みなどを社員全体に周知しておく必要があります。
介護との両立が必要な社員が発生した際にやるべきこと
①個別の「介護支援プラン」の作成
「介護支援プラン」は厚生労働省が推奨する、介護離職防止策の1つです。
介護の状況や支援してほしいニーズは社員によって異なるため、介護との両立支援の仕組みを整えた後は、個別のニーズに合わせた「介護支援プラン」を作成します。
社員が介護に直面したら、まずは面談を通じて介護や業務上の不安点などを洗い出します。
介護は常に同じ状況にあるわけではなく、病状などによって介護が必要な程度が変化するため、最初の段階では当面の働き方や休暇の取得、両立支援制度の利用など、必要な手続きと調整を行っていきます。
②働き方の調整と職場内の理解の醸成
社員のニーズに合わせて、時短勤務への変更など働き方も調整していきます。
また、制度として機械的に働き方を変更するだけでなく、職場内の理解を得ることも重要なポイントです。
本人が仕事を調整していることを申し訳なく思わず、介護と両立しながらもやりがいをもって活き活きと働けるような環境をつくるためには、同僚の理解が不可欠です。
同僚が負担感を感じているようであれば、フォローやケアも行う必要があります。
③対象となる社員へのフォロー
さまざまな調整を終えて実際に介護と仕事の両立が始まった後は、定期的に対象となる社員をフォローします。
要介護認定の変更など状況は変わっていくため、その時々に応じて社員が求める支援を講じていきましょう。
また、介護中は睡眠が十分にとれなかったり、体力を消耗するなどして、精神的にも負担を感じることが多々あります。
上司や人事担当者による対象社員の心身状態の確認も定期的に行う方が良いでしょう。
介護を終えた後の社員に対してやるべきこと
介護を終えた後、特に介護休業を取得した社員にとっては、自分が休んだ期間に仕事がどのように進み、どのようなことが起こっていたのかが分からず、復職へのハードルが高く感じられることもあります。
介護を終えた社員に対しては、本格的に仕事に戻る前に面談を行ってこれまでの状況を共有するなど、フォローが必要です。
仕事と介護の両立支援に取り組む企業事例
事例① アステラス製薬株式会社様
アステラス製薬株式会社様では、2009~10年にダイバーシティ推進施策の一環として介護支援制度の大幅な見直しに着手しました。
具体的な制度としては、介護休暇を有給で5日間取得できるだけでなく、介護休業は通算で1年間、時短勤務は事由が解消するまで利用できるようにしました。
また、制度を整えるだけでなく、社内でのセミナーやイントラネットなどで全社員に周知を徹底していったことで、それまでは介護支援制度の利用者が年間10~20名程度だったところから年間30名以上の利用者に増加しています。
参考:コラム1 介護離職の防止に向けて~介護と仕事の両立支援に取り組む民間企業
事例② 東日本旅客鉄道株式会社様
東日本旅客鉄道株式会社様では、2009年から「ワーク・ライフ・プログラム(愛称ワラプロ)」を推進しています。
具体的には、介護期には一日6時間の短時間勤務や短日数勤務制度、ポータルサイトでの情報発信やトップからのメッセージなど、制度と企業風土の両輪で介護との両立を支援する取り組みを進めています。
参考:コラム1 介護離職の防止に向けて~介護と仕事の両立支援に取り組む民間企業
事例③ 大和証券株式会社様
大和証券株式会社様では、介護休業を対象家族1人につき通算1年間分利用できます。利用にあたっては、4回まで分割して取得可能です。
また、介護短時間勤務制度は1日2時間の範囲内で利用開始から3年間何度でも取得できます。
参考:受賞企業の 取組事例集
事例④ 株式会社リコー様
株式会社リコー様では、介護休業を対象家族1人につき通算2年間分取得が可能で、何回でも取得できます。
介護短時間勤務制度は育児における時短制度と同様に、1日5~7時間から労働時間を選ぶことができ、勤務時間と勤務時間帯の組み合わせを自由に選択できます。
また、介護の状況によってはシフト勤務やフレックスタイム制度が利用可能です。
その他、介護休業や介護による短時間勤務制度の利用によって、人事評価が不利に働くことが無いように休業期間をカウントしないキャリアリカバリー制度や実労働時間を100として業務の功績を評価する仕組みを整えたことで、多様な社員が働きやすい環境づくりを実現しています。
参考:受賞企業の 取組事例集
まとめ
介護は誰もが突発的に直面する可能性があるからこそ、日頃から介護とも両立しやすい職場づくりを検討しておく必要があります。
政府は介護離職ゼロを目標に掲げてさまざまな対策を講じ始めていますが、少子高齢化のスピードは早く、企業においても介護を担う社員がいることを前提に介護支援対策を考えることが急務です。
介護と仕事の両立がしやすい職場は、ひいては育児中の社員や持病のある社員など、多様な社員が働きやすい職場づくりにつながっていきます。
全社的にも大きなメリットがあると考えられ、企業としても取り組む価値のある課題だと言えます。
本記事が自社の働き方や制度などを見直すきっかけとなりましたら幸いです。
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