身元保証書は、従業員を採用した際に企業が提出を求める書類のひとつです。しかし、身元保証書の必要性を明確に理解している人は少ないでしょう。
また、2020年4月1月に改正民法が施行され、身元保証書について、新たなルールが導入されました。そのため、各企業では、自社における身元保証書の運用を見直す必要があります。
本記事では、身元保証書の概要や、民法改正による企業がすべき対応を解説します。身元保証書について詳しく知りたい人事・労務担当者は、ぜひ参考にしてください。
目次
身元保証書とは
身元保証書は、身元保証人を記載する書類であり、基本的には従業員を採用した際に提出を求めます。身元保証人とは、その名称のとおり、従業員の身元を保証してくれる人物です。
身元保証書の解説にあたって、はじめに法律との関係性を整理しておきましょう。
【身元保証書と法律の関係性】 ・身元保証書の制度を導入するかどうかは企業の裁量 ・身元保証書の運用方法は「身元保証に関する法律」に規定されている
身元保証書の制度自体は法律で義務付けられていないため、自社で導入していなくても法律違反ではありません。
ただし、身元保証書の制度を多くの企業が導入しており、従業員に1名か2名の身元保証人を選ぶよう設定しています。家族や親戚などの身近な人物への依頼が一般的です。
また、身元保証書の内容について定めた法律が、全6条で構成されている「身元保証に関する法律」です。身元保証人の立場を守る目的から、主に以下の内容が規定されています。
- 身元保証人の効力は、期間の定めがなければ3年、期間を定める場合は最大5年とする
- 期間の更新は可能であるが、更新後も5年の期間を超えてはならない
- 業務上の不適切な行為などで身元保証人に責任が生じる恐れがある場合や、従業員の異動などで責任の度合いが大きくなる場合は、身元保証人に通知しなければならない
- 上記の通知を受け取ったあと、身元保証人は、将来に向かって身元保証契約を解除できる
- 賠償責任・金額については、雇用主の過失の有無・身元保証人になった理由や注意の程度・従業員の任務または身上の変化などを根拠に裁判所が定める
- 法律にそぐわない契約により、身元保証人の立場を不利にしてはならない
(出典:身元保証に関する法律|e-Gov法令検索)
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身元保証書の目的
身元保証書を正しく運用するうえでは、身元保証を行う目的を明確にすることが重要です。 一般的に、身元保証書は以下の4つの目的に使用されます。
- 従業員が自社で働くのにふさわしい人物であることの証明
- 損害賠償が発生した際の金銭保証
- 従業員本人に仕事に対する責任の自覚を促す
- 緊急連絡先の確保
それぞれの目的について、詳しく見ていきましょう。
従業員が自社で働くのにふさわしい人物であることの証明
ひとつめの目的は、従業員が自社で働くのにふさわしい人物であることの証明です。
企業は、採用した人物について面接や書類などでしか情報を得ていないため、安心して雇用するうえでは情報が不十分だと言えます。 たとえば、採用で有利になるために経歴などを偽っていたケースもあるでしょう。
「この人は、間違いなくあなたの企業で働くのにふさわしい人物です」と第三者による証明を根拠に、企業は安心して従業員を雇用できるようになります。
損害賠償が発生した際の金銭保証
従業員が故意にトラブルや事件を起こした場合など、損害賠償が発生した際の金銭保証も目的です。 賠償額によっては、従業員に支払い能力がないケースがあります。
そのため、身元保証人にも金銭を保証させることで、万が一の状況でも企業が被害額を請求できるようになります。
従業員に仕事に対する責任の自覚を促す
従業員に、仕事への責任を自覚してもらう目的もあります。
故意のトラブルなどで損害賠償が発生する旨を書面で確認することで、従業員は「真摯な態度で仕事に取り組まなければならない」と思えるでしょう。 また、自分だけでなく連帯保証人に大きな負担がかかるため、さらに気を引き締める効果が期待できます。
緊急連絡先の確保
身元保証書が緊急連絡先の確保を兼ねている場合もあります。たとえば、「入社後に突然無断欠勤し、本人の携帯電話も通じない」などの事態が発生した際に、身元保証人に状況を確認できるでしょう。
緊急連絡先の確保が、身元保証書の主な目的となっている企業も多いです。
2020年4月の民法改正でどう変わったのか?
2020年4月1日に改正民法が施行され、身元保証書における損害賠償額の極度(限度)額の記載が義務化されました(民法465条の2)。 企業は、あらかじめ賠償額の上限を決めたうえで、就業規則や身元保証書に明記する必要があります。
なお、2020年4月1日以前の身元保証書は、極度額の記載がなくても無効とはなりません。ただし、法律で定められた期間を更新していない場合は、無効となるため注意してください。
民法改正の背景には、身元保証人の立場を守る目的があります。 法律の改正前は極度額が決まっていなかったため、損害賠償額が大きい場合に身元保証人も支払いができないケースがありました。
たとえば、「本人は100万円程度の支払いを想定していたのに、1,000万円を請求された」といった事態も起こり得たのです。 極度額が設定されることで、想定以上の負担がかかる心配はなくなり、身元保証人の保護が強化されたと言えます。
(参考:民法の一部を改正する法律(債権法改正)について|法務省)
企業の対応パターン
法律を遵守するために、各企業では、法改正に対応した身元保証書の運用を検討する必要があります。ただし、運用の見直しにあたっては、企業の実情に合わせた対応が重要です。 ここからは、民法改正による2通りの対応パターンを見ていきましょう。
身元保証書に賠償額の上限を記載
ひとつめの対応パターンは、法律の内容をそのまま反映させ、身元保証書に賠償金の極度額を記載することです。
極度額が明確であれば、従業員は、あらかじめ支払い能力を持った人物に依頼できます。 なお、極度額を決める際は、現実的な金額の設定がポイントです。 たとえば、1億円などの莫大な金額を設定すれば、身元保証人になってくれる人は簡単に見つからないでしょう。採用自体が取り消しになってしまうなどのトラブルも懸念されます。
また、採用にあたっての手続きがすべて遅れてしまう可能性もあるでしょう。 従業員の採用手続きでは、ただでさえ提出してもらう書類が多いです。そのため、事務の煩雑化を招き、担当者に大きな負担がかかるデメリットもあります。 極度額の設定方法の一例としては、以下のパターンがあります。
【賠償額の設定パターン】 ・「極度(限度)額は〇〇円」など、金額を明確に定める ・「給与の〇〇ヵ月分」など、その時の給与を基準として定める ・「初任給の〇〇ヵ月分」など、入社当時の給与を基準として定める
なお、損害賠償の内容を最終的に判断するのは裁判所です。 あくまで上記は極度額であるため「裁判所が判断する金額で決定する」旨の記載を、忘れずに盛り込みましょう。
身元保証人の制度自体をやめる
身元保証人の制度自体をやめることも、対応パターンのひとつです。
特に中小企業では、担当者が法律を理解しておらず、身元保証書の更新を忘れているケースが多いです。企業によっては、古くからの慣習として何となく提出を求めており、身許保証書が機能していない場合もあります。
ただし、制度自体をやめることは、企業のリスク管理として望ましくないと考える人もいるでしょう。特に、個人情報を多く取り扱う企業やセキュリティ対策に手が回っていない企業は、制度の取りやめに不安があるかと思います。
そのため、制度自体をやめる場合は、現行の運用や自社の状況を整理したうえでの慎重な検討がポイントです。
まとめ
身元保証書は、従業員の身元を証明する人物を記載する書類です。「従業員が自社で働くのにふさわしい人物であることの証明」、「損害賠償が発生した際の金銭保証」、「従業員に仕事に対する責任の自覚を促す」といった目的があります。
また、2020年4月1日に改正民法が施行されたことで、身元保証書には極度額の記載が義務化されました。 極度額の記載がなければ身元保証書は無効となるため、企業には民法改正にともなう対応が迫られます。
民法改正への対応パターンは、「身元保証書に極度額を記載する」「身元保証人の制度自体をやめる」の2通りです。 組織の実情や現行の制度を整理したうえで、自社での運用を検討すると良いでしょう。
また、身元保証人の制度を続ける場合は、法律を遵守した運用ができるよう、ぜひ本記事の内容を参考にしてください。
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