2023年4月からの割増賃金率の引き上げと計算方法を解説

企業が従業員の労働時間や賃金を管理するうえで、「割増賃金」について理解しておくことは必須です。
従業員の立場を守る、あるいは法律を遵守する意味ではもちろん、割増賃金についての取り扱いが誤っていると、信頼がなくなり従業員が離れてしまうことも……。

また、2023年4月から、中小企業における割増賃金の取り扱いに変更があります。
「自社では割増賃金について正確に管理している」という企業も、一度見直してみてはいかがでしょうか。

この記事では、割増賃金の考え方や計算方法、2023年4月の改正内容について解説します。
改正内容について知りたい方はもちろん、割増賃金の基本を押さえておきたいという方も、ぜひお役立てください。

労働者の定義

まず割増賃金が適用される「労働者」について、定義を確認しておきましょう。

労働基準法において「労働者」とは、「職業の種類を問わず、使用者に使用される者で、賃金を支払われる者」と定められています。
つまり、業務委託など、主従の関係がないものには割増賃金は適用されません。

労働時間は、「法定労働時間」と「所定労働時間」の大きく2つに分けられます。

法定労働時間とは、労働基準法に定められた労働時間のことで、具体的には「1日8時間・週40時間以内」です。

所定労働時間とは、企業ごとに定められた労働時間であり、雇用契約書など企業と従業員が結ぶ書類には、この所定労働時間が記載されます。
法定労働時間以内であれば、企業は所定労働時間をどのように設定しても問題ありません。

法定休日・所定休日とは

休日は、「法定休日」と「所定休日」に分けられ、割増賃金の考え方が異なります。

【法定休日】
労働基準法第35条に定められた、企業がかならず付与しなければならない休日のこと。
具体的には、毎週1日あるいは4週間を通じて4日以上。

【所定休日】
企業が独自に定める休日。法定休日だけでは「1日8時間・週40時間以内」を超過してしまうため、企業ごとに所定休日を定めて労働時間を調整している。

このうち、法定休日に労働した場合には割増賃金が発生します。

所定休日の労働は基本的に割増賃金は発生しませんが、法定労働時間を超えている場合は、時間外労働として割増賃金を支給しなければなりません。

月60時間超の時間外労働の割増賃金率引き上げについて

2010年4月、「月60時間を超える時間外労働」に対して割増賃金率が引き上げられ、大企業が従業員に60時間を超えて労働させた場合、50%の割増賃金を支払うことになりました。

そして2023年4月より、中小企業も割増賃金率引き上げの対象になります。
ここからは、割増賃金率の基本や2023年4月の改正について解説します。

割増賃金率とは

そもそも「割増賃金とは何か」についておさらいしておきましょう。
割増賃金とは、時間外勤務や休日勤務、深夜勤務にあたって、通常の賃金に上乗せして支払う賃金のことです。

割増賃金の支払い義務については、労働基準法第37条に定められており、企業が支払いを怠った場合、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられる可能性があります(労働基準法第119条第1号)。

下表は、割増賃金の種類や支払いが発生する条件、割増賃金率についてまとめたものです。

割増賃金の種類 発生条件 割増賃金率
時間外労働に伴う割増賃金
(時間外手当・残業手当)


法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させた場合 25%以上
時間外労働が1か月45時間・1年360時間を超えた場合 25%以上
時間外労働が1か月60時間を超えた場合 50%以上(2023年3月31日まで大企業のみ)
休日労働に伴う割増賃金
(休日手当)
法定休日に労働させた場合 35%以上
深夜労働に伴う割増賃金
(深夜手当)
22時~翌5時の時間帯に労働させた場合 25%以上

このように、割増賃金は時間外労働・休日労働・深夜労働に分けて考えます。
なお上記のうち「時間外労働時間が1か月60時間を超えた場合」については、2023年3月まで中小企業には適用されず、大企業のみが対象です。

2023年4月からの割増賃金率

2023年4月から、中小企業においても、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が50%に引き上げられます。

2010年4月の改正労働基準法施行により、60時間を超える時間外労働への割増賃金率引き上げが大企業に適用されましたが、労働基準法第138条において、中小企業にはその適用が据え置きされてきました。

2023年4月からは、この第138条がなくなり、原則として企業規模による割増賃金の取り扱いの差はなくなります。

改正前後の変化を、下記の表にまとめています。

  2023年3月31日までの割増賃金 2023年4月1日からの割増賃金
1か月の時間外労働数 1か月の時間外労働数
60時間以下 60時間を超える分 60時間以下 60時間を超える分
大企業 25% 50% 25% 50%
中小企業 25% 25% 25% 50%

※赤字部分が2023年4月1日からの変更点

なお、割増賃金率変更の対象となるのは、2023年4月1日から労働した分です。
2023年3月31日までに労働した分の時間外手当は対象になりませんので、注意してください。

該当する中小企業

割増賃金を考えるにあたって、どのくらいの規模の企業が「中小企業」に該当するのかについて解説します。

下記の表において、「1または2」に該当するかどうかを企業単位で判断します。
いずれかに該当すれば、中小企業としての取り扱いです。

業種 1 資本金の額または
出資の総額
2 常時使用する労働者数
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業 5,000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
上記以外の業種 3億円以下 300人以下

(引用:2023年4月1日から 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます|厚生労働省

労働基準法第37条に基づいた割増賃金の計算方法

ここからは、労働基準法に定められた時間外労働や深夜労働、休日労働について、割増賃金の取り扱いを具体的に解説します。

まずは時間外労働、いわゆる残業に伴う割増賃金についてです。
時間外労働の割増賃金率は、月60時間以下は25%、月60時間を超える分は50%になります。

【計算例1】
時給換算1,000円の従業員が、1か月に70時間の時間外労働をしたと仮定して、時間外手当の総額を算出する。

60時間以下の割増賃金=1,000円×25%=250円/時間
60時間を超える分の割増賃金=1,000円×50%=500円/時間
時間外手当の総額=(1,000円+250円)×60時間+(1,000円+500円)×10時間=90,000円

【計算例2】
時給換算1,500円の従業員が、1か月に80時間の時間外労働をしたと仮定して、時間外手当の総額を算出する。

60時間以下の割増賃金=1,500円×25%=375円/時間
60時間を超える分の割増賃金=1,500円×50%=750円/時間
時間外手当の総額=(1,500円+375円)×60時間+(1,500円+750円)×20時間=157,500円

深夜労働による割増賃金の計算方法

ここからは、時間外労働が月60時間を超えて、かつ深夜帯(22時~翌5時)に時間外労働をさせる場合の取り扱いについて解説します。

この場合の割増賃金率は、下記のとおり「75%」です。

60時間を超えた時間外労働の割増賃金率50%+深夜労働の割増賃金率25%=75%

実際に、1か月の時間外労働が60時間を超えている従業員が、深夜帯に時間外労働をした場合の支給額を計算してみます。

【計算例1】
時給換算1,000円の従業員、今月の時間外労働時間はすでに70時間に達しており、月末に5時間の時間外深夜労働をすると仮定。

割増賃金=1,000円×75%=750円/時間
5時間分の総支給額=(1,000円+750円)×5時間=8,750円

【計算例2】
時給換算1,500円の従業員、今月の時間外労働時間はすでに60時間に達しており、月末に8時間の時間外深夜労働をすると仮定。

割増賃金=1,500円×75%=1,125円/時間
8時間分の総支給額=(1,500円+1,125円)×8時間=21,000円

休日労働による割増賃金の計算方法

「月60時間超の時間外労働」について考える際、法定休日労働は含みません。
ただし、それ以外の休日に労働した場合は対象となります。

休日に労働した場合の割増賃金の考え方について、下記にまとめています。

【法定休日に勤務した場合の割増賃金額】

法定休日に労働した場合の割増賃金率は35%なので、上記の式で割増賃金額を求めます。

割増賃金額=時給×労働時間×35%

【法定休日に深夜労働をした場合の割増賃金額】
法定休日に深夜労働をした場合、法定休日の割増賃金と深夜労働の割増賃金を合算したうえで、賃金額を算出します。

割増賃金率=法定休日の割増賃金率35%+深夜労働の割増賃金率25%=60%
割増賃金額=時給×労働時間×60%

【法定休日以外の休日に、時間外労働が月60時間を超えて時間外深夜労働をした場合の割増賃金額】
1か月あたりの時間外労働が60時間を超えて、かつ法定休日以外の休日に残業をした場合、それぞれの割増賃金を合算します。

割増賃金率=法定外休日の時間外労働の割増賃金率25%+60時間を超えた時間外労働の割増賃金率50%=75%
割増賃金額=時給×労働時間×75%

代替休暇制度とは?

代替休暇とは、法定時間外労働が月60時間を超えた場合に、引き上げ分の割増賃金を支払う代わりに代替休暇(有給休暇)を付与する制度です。

労働基準法第37条3項に定められており、自社で導入するにあたっては「労使協定の締結」が必要です。

参考までに、労働基準法では代替休暇制度を下記のとおり定義しています。

使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。

(引用:労働基準法|e-Gov法令検索

詳細は、次の「割増賃金の引き上げまでに企業が対応すべきこと」で解説しますが、労使協定には特定の項目を盛り込む必要があります。

割増賃金の引き上げまでに企業が対応すべきこと

2023年4月からの割増賃金引き上げに伴い、企業もいくつかの対応が必要となります。

3月や4月は人事の業務が立て込みやすい時期です。
割増賃金引き合げに向けて、早めに準備しておくことが大切です。

ここでは、割増賃金引き上げまでに企業が準備することを紹介します。

労働時間管理の徹底化

60時間を超えた時間外労働から割増賃金率が50%になるので、労働時間を正確に管理する重要性がこれまで以上に高まります。

管理方法が曖昧になっている企業だけでなく、すでに管理方法が確立されている企業も、一度見直してみることをおすすめします。
必要に応じて、勤怠管理ツールの導入やアウトソーシングを検討すると良いでしょう。

業務の効率化と残業削減

時間外労働について考えるにあたって大切なのは、大前提として時間外労働をしないで済むように環境整備や業務分担をすることです。

従業員の負担を減らすことはもちろん、企業の人件費節約にもつながります。

そこで重要なのが、業務の効率化です。
既存業務の中に「ムダ・ムリ・ムラ」がないかを確認して、効率化できそうな部分は積極的に改善すると良いでしょう。

代替休暇の検討

自社における代替休暇の取り扱いについて、事前に検討しておきます。

従業員が代替休暇を取得するには、「労使協定」の締結が必要です。
自社で代替休暇の取り扱いをどうするか労働者側と話し合ったうえで、導入する場合は労使協定を結んでください。

なお、労使協定には下記の項目を盛り込む必要があります。

・代替休暇の時間数の具体的な算定方法
・代替休暇の単位
・代替休暇を与えることができる期間
・代替休暇の取得日の決定方法および割増賃金の支払日

※代替休暇の導入にあたって労使協定を結ぶ際の詳細については、厚生労働省が公表する下記のページを参考にしてください
代替休暇制度を導入するための労使協定を締結する場合のポイント|厚生労働省

就業規則の見直し

割増賃金の引き上げに伴い、自社の就業規則における割増賃金の内容を変更するか、新たな文言を追加する必要があります。

厚生労働省が公表する割増賃金引き上げについてのリーフレットでは、就業規則のモデルとして下記のように記載しています。

(割増賃金)
第〇条 時間外労働に対する割増賃金は、次の割増賃金率に基づき、次項の計算方法により支給する。
(1)1か月の時間外労働の時間数に応じた割増賃金率は、次のとおりとする。この場合の1か月は毎月1日を起算日とする。
① 時間外労働60時間以下・・・・25%
② 時間外労働60時間超・・・・・50%
(以下、略)

(引用:2023年4月1日から 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます|厚生労働省

まとめ

2023年4月より、中小企業において1か月あたりの時間外労働が60時間を超えた場合の割増賃金率が、50%に引き上げられます。
割増賃金の取り扱いを誤った場合、企業には罰則が科せられる可能性があります。

割増賃金引き上げまでに企業が対応しておくべきこともあるため、早めの準備が重要です。

割増賃金の計算に対して苦手意識を持つ方もいると思いますが、基礎さえ押さえておけば、決して難しくはありません。

ぜひ、当記事の内容を、今後の割増賃金の取り扱いにお役立てください!

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この記事を書いた人
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コンノ

公務員として4年間、人事労務の実務経験あり。 これまで100名以上の事業者をインタビューしており、「企業や個人事業主が本当に悩んでいること」を解決できる記事を執筆します。

監修者
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辻 惠次郎

ネットオン創業期に入社後、現在は取締役CTOとしてマーケティングからプロダクトまでを統括。
通算約200社のデジタルマーケティングコンサルタントを経験。特に難しいとされる、飲食や介護の正社員の応募単価を5万円台から1万円台に下げる実績を作り出した。
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